ぬいぐるみ依存症 大人になってもぬいぐるみと寝る人たち

ぬいぐるみ依存症、そんなものがあるのかと、驚かれたかもしれません。若い女性がぬいぐるみを手にして歩いていても、ぬいぐるみが好きなのだなという程度にしか思えないでしょう。けれどそうやってぬいぐるみを持ち歩く人の中には、ぬいぐるみに人格を与えている人もいるのです。

現実世界で「ごっこ遊び」をする大人たち

あるレストランにやってきた、若いカップル。カノジョは手に大きなぬいぐるみを抱えていました。黄色いクマの、人気キャラクターのものです。

カノジョは席に案内してくれたスタッフに、子供用の椅子とお水を要求しました。スタッフはそこでなにか察したのでしょう。子供用の椅子だけでなく、子供用の食器と紙エプロンを、そのぬいぐるみの前に出してあげました。

カップルは楽しそうに食事をし、時折ぬいぐるみにも食べさせています。もちろんぬいぐるみが食べるはずもないのですが、二人はまるでそのぬいぐるみが子供でもあるかのように、ずっと話しかけているのです。

帰り際に二人は、とてもいいレストランだとほめていました。自分たちのしていることが奇異に映るという自覚が少しはあるようです。スタッフがぬいぐるみを子供扱いしてくれた神対応が、とても嬉しかったのでしょう。

このカップルのような人達は、現実に数多くいます。人気テーマパークでベビーカーにぬいぐるみを乗せて歩く人。ベビー用の抱っこバンドにぬいぐるみを入れて、スーパーで買い物をしている人。

おかしいと思われても、くすっと笑われて終わりです。なぜならぬいぐるみ依存症の人たちは、他人に迷惑をかけているわけではありません。自分の世界で楽しんでいるだけだからです。

ぬいぐるみは人形ではなく、人格を持った家族

ぬいぐるみ依存症の人は、ぬいぐるみそれぞれに名前を付けています。そしていつもぬいぐるみに、人に話しかけるようにして話しかけているのです。

家族や友人が、ぬいぐるみのことを物扱いすると本気で怒ります。逆に人間扱いしてあげると、とても喜ぶのです。

どうしてそんなことになったのでしょうか。やはり人間関係がうまくいかなくて、なんでも自分のことを聞いてくれる、自分だけの友だちが欲しかったのでしょうか。

そういった傾向はやはりあるようです。幼少期から大切に育てられ、過度のストレスにあまりさらされていないと、少しの問題が大きくストレスになります。それに耐え、克服していくには、ぬいぐるみによる安心が必要なのです。

ぬいぐるみ依存症の人は、アルコール依存症や薬物依存症と違って、暴力的な面はありません。ペット依存の人と同じで、人ではないものを人として扱い、それがないと安心して暮らせないというだけです。

ただ対象物を紛失したり、復元できないほど壊されると、一時的にパニックに陥り、それがきっかけでパニック障害になったりもします。代替えのものが見つけられないと、鬱病なども併発し、治療が必要になることもあるでしょう。

ライナスの毛布

スヌーピーでおなじみのマンガ「ピーナッツ」に登場するライナス少年は、片時も離さずに 青い毛布を持っています。今やこの「ライナスの毛布」は、心理学においても用語として使われるぐらい、有名な毛布になりました。

これは幼少時期から、一つのものに強い愛着を持ち、手放せなくなることを言います。「愛着毛布」とも呼ばれていますが、毛布ばかりとは限りません。タオルやハンカチ、またぬいぐるみの場合もあるのです。

当初「愛着毛布」は、愛情が足りないからだと否定的に見られていました。それが研究が進むうちに、自らを癒やし、安心させるために使っている、自立した精神の発育に必要なものだと変わってきたのです。

ぬいぐるみの持つ、フワフワした優しさは、まさに癒やしです。ぬいぐるみは「愛着毛布」同様、持ち主が安心感を持つために使われているのです。

クロゼットの魔物

ではぬいぐるみが必要な心理とは、どういったものなのでしょうか。それは幼少期、眠るときの暗闇に対する怯えからきています。

子供部屋のクロゼット、そこに魔物が隠れているという幻想は、世界中の子供たちに共通するものです。日本では住宅事情もあって、幼少期に広い部屋での独り寝はあまりありませんが、それでも暗闇に対する恐怖は同じようにあるでしょう。

怖がって泣き叫び、親を求めたい心境です。けれどそこでぐっと怖さをがまんして、自分の力で眠りにつこうとするそのとき、優しい肌触りのぬいぐるみがささやきかけてくれるのです。(もう怖くないよ。一人じゃないからね)と。

こうしてぬいぐるみは、安心の象徴になりました。クロゼットの魔物は、やがて姿を変え、現実社会におけるさまざまな苦難となって、襲いかかってきます。それでも大丈夫、ぬいぐるみをぎゅっと抱きしめれば、幼い頃と同じような安心感に包まれ、恐怖は去っていくのですから。

ぬいぐるみ依存症は若い女性だけではない

ぬいぐるみ依存症や「愛着毛布」所有者は、女性ばかりとは限りません。実は成人男性の中にも、こういったものから抜け出せない人がいます。

ほとんどの人は大人になるに従って、ぬいぐるみや「愛着毛布」と決別します。そして自分なりに、恐怖を克服する方法を学んでいくのですが、それがうまくできないのです。

女性の場合は、よい理解者を得られることが多々あります。冒頭のレストランのカップルのように、男性が女性のことを理解して、徹底的に付き合ってくれたら、どんなに嬉しいでしょう。

男性としては、自分の包容力を試されています。カノジョの言動が多少おかしくても、そんな姿すら可愛く思えるのかもしれません。娘を見守る父親のように、少し問題のあるカノジョを見守っているのでしょう。

ところがこれが男性となると、付き合う女性としては微妙です。体つきもがっしりしたマッチョタイプのカレが、古いぬいぐるみを抱いて寝ているのを知ったら、どう思いますか。

男性のぬいぐるみ依存症は、本人が一番苦労しています。中学生の頃から、ぬいぐるみ依存症であることを、人に知られてはならないと隠してきたのですから。同性には引かれ、女性には気持ち悪がられる、それでも彼は、ぬいぐるみがないと安心して眠れないのです。

せっかくできた恋人が、実態を知って去って行く。本人にとってはショックですが、それがきっかけで、ぬいぐるみ依存症が治るわけではありません。むしろより深く、ぬいぐるみに依存していってしまいます。

周囲の理解があれば、問題行動ではなくなる

いい年なんだから、ぬいぐるみなんて捨ててしまいなさい。これはぬいぐるみ依存症の人に、決して言ってはいけない言葉です。

長年ともに暮らしてきたぬいぐるみですから、それなりに汚れてはいるでしょう。そこで洗ってあげ、子供服やペット用の服を着せて、少しでもきれいに見えるようにしてあげます。ぬいぐるみ依存症の人と一緒に、その存在を認めてあげるのです。

不安になっているときは、いつでも話し相手になってくれる人が必要です。ぬいぐるみ依存症の人の中にいる子供は、未だにうまく恐怖と付き合えません。一緒に恐怖を克服してくれる人がいれば、過度のぬいぐるみ依存症はなくなっていきます。

女性の場合、結婚して子供が生まれると、自然とぬいぐるみ離れができるようです。男性の場合も、理解ある伴侶が見つかると、よい恋人、よい父親になれるようです。

おかしいと決めつけて、疎外感を与えてはいけません。人間関係がうまくいかず、孤立化を深めてしまうと、本来は無害のぬいぐるみ依存症も、厄介な問題を起こします。

精神のバランスが崩れ、現実との境目があいまいになってきて、問題行動が始まってしまうのです。これは消防署内で、現実に何件かあったことですが、救急の呼び出しがあり、子供が病気だといわれて行ってみると、人形だったというものです。

ごはんを食べさせるふりをしたり、買い物に連れて行くぐらいならいいでしょう。誰にも迷惑はかけません。しかし深夜に救急車を呼んだりすれば、多くの人に迷惑をかけます。

そうならないためには、周囲の人間が理解を示し、見守ってあげるしかありません。

最後に

「テッド」という映画をご存じですか。親からもらったぬいぐるみのテッドが、主人公の祈りで人格を持つというものです。このテッドと主人公は40歳近くまで、雷のときに励まし合う、雷兄弟として仲良く暮らしています。

これはまさにぬいぐるみ依存症の夢のような映画です。ただし映画では、テッドはアルコールを飲み、大麻も吸うとんでもないワル中年に育っていますが。

どんなに悪くなっても、テッドは主人公の心の友です。ここに現代の、大人になりきれない大人たちの姿が、投影されているように思います。